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第1回:かつての地図 ~平らな世界で戦っていた私たち~

第1回:かつての地図 ~平らな世界で戦っていた私たち~

注意事項

本回は歴史的文脈の整理であり、幾何学的主張の厳密な条件は問わない。 「ユークリッド空間前提」という当時の暗黙の仮定を意識し、何が見落とされていたかを振り返ることが目的である。

導入:平らな世界の住人たち

深層学習以前の機械学習には、ある暗黙の前提があった。データはユークリッド空間に住んでいる、という仮定である。

ユークリッド空間とは、私たちが日常で経験する「平らな」空間だ。直線は直線のまま、平行線は交わらず、三角形の内角の和は180°。ピタゴラスの定理が成り立ち、距離は素朴な二乗和の平方根で計算できる。

この「平らさ」は、計算を単純にし、理論を美しくした。しかし同時に、見落とされた構造があった。

本回では、深層学習以前の代表的な手法を振り返り、それらが前提としていた「平らな世界」の限界を掘り起こす。これは批判ではなく、考古学である。古い地図を読み解くことで、なぜ新しい地図が必要になったのかを理解する。

PCAとSVD:影絵の時代

高次元の「見える化」という切実な課題

1990年代以前から、データ分析者は高次元データと格闘してきた。顔画像、遺伝子発現、テキストの単語頻度——いずれも数百から数万の次元を持つ。人間の目は3次元までしか見えない。どうすれば高次元データの「構造」を把握できるのか。

主成分分析(PCA: Principal Component Analysis) は、この問いに対する古典的な回答である。アイデアは単純だ:分散が最大になる方向を見つけ、その方向にデータを射影する

PCAの幾何学的解釈

PCAを幾何学的に理解しよう。 d 次元空間にデータ点 {x1,,xn} が散らばっているとする。PCAは以下を行う:

  1. データの重心を原点に移動(中心化)
  2. 分散が最大になる方向(第1主成分)を見つける
  3. その方向と直交する中で、次に分散が最大になる方向(第2主成分)を見つける
  4. これを繰り返し、 k 個の主成分を得る

数学的には、中心化済み(各列の平均を引いた)データ行列 X の共分散行列 C=1nXX を固有値分解し、上位 k 個の固有ベクトルを取り出す操作に対応する。

NOTE

共分散のスケーリング: 統計学では共分散を 1n1 で割る(不偏推定)ことも多いが、主成分の方向自体はスケーリングで変わらない。固有値の絶対値は変わるが、順序や固有ベクトルは同一である。また、 X が中心化されていない場合、 XX は共分散行列ではなく二次モーメント行列になる点に注意。

特異値分解(SVD: Singular Value Decomposition) は、PCAと密接に関連する行列分解である:

X=UΣV

ここで U は左特異ベクトル、 Σ は特異値の対角行列、 V は右特異ベクトル。PCAの主成分は V の列ベクトルに対応する。

「影絵」という比喩

PCAは、高次元空間から低次元空間への 線形射影 である。これは、3次元の物体に光を当てて2次元の壁に影を落とすことに似ている。

影絵では、物体の3次元的な構造の一部が失われる。横から見た影と正面から見た影は異なり、どちらも「本当の形」ではない。PCAは「最も情報量の多い影」を選ぶが、それでも情報の損失は避けられない。

影絵の特徴PCAでの対応
3D→2Dの投影高次元→低次元の射影
光の向きで影が変わる射影方向で見え方が変わる
奥行き情報が失われる低分散方向の情報が失われる
影は物体より単純主成分は元データより単純

PCAの暗黙の前提

PCAが有効に機能するためには、いくつかの暗黙の前提がある:

1. 線形性の仮定

PCAは線形射影しか行えない。データが非線形な多様体上に分布している場合、線形射影では構造を捉えられない。

例えば、「スイスロール」と呼ばれるデータ(2次元の帯を3次元空間で巻いたもの)を考えよう。このデータの「本質的な次元」は2だが、PCAで2次元に射影すると、巻きが重なって構造が潰れてしまう。

2. 分散=重要性の仮定

PCAは「分散が大きい方向が重要」と仮定する。しかし、これは常に正しいわけではない。分散が小さい方向に、分類に重要な情報が隠れていることもある。

3. 確率的解釈における等方ノイズの仮定

PCAの手続き自体は、ノイズについての仮定を必要としない(単に分散が大きい方向を取るだけ)。しかし、PCAを確率モデルとして解釈する確率的PCA(PPCA) や因子分析では、等方ガウスノイズを仮定することが多い。

この確率的解釈のもとでは、ノイズが方向依存(異方的)な場合、主成分がノイズの大きい方向(分散が大きい方向)を拾いやすくなる。つまり、「信号」ではなく「ノイズ」を主成分として抽出してしまう可能性がある。

NOTE

手続きと解釈の区別: 「PCAは等方ノイズを仮定する」という言い方は、確率的解釈の文脈では正しいが、PCAという手続き自体には当てはまらない。この区別は、手法の適用範囲を考える上で重要である。

NOTE

非線形な拡張: PCAの限界を克服するため、カーネルPCA(Schölkopf et al., 1998)やオートエンコーダ(Hinton & Salakhutdinov, 2006)などの非線形次元削減手法が開発された。これらは第2部以降で扱う「曲がった空間」への布石となった。

歴史的文脈

PCAの数学的基礎は、Karl Pearsonによる1901年の論文に遡る。Harold Hotellingが1933年に統計学の文脈で再定式化し、現代的な形になった。

1990年代には、顔認識における「固有顔(Eigenfaces)」(Turk & Pentland, 1991)など、画像処理への応用が盛んに行われた。これは、顔画像を主成分で表現し、低次元空間で比較するという手法である。

当時、これは画期的だった。しかし、固有顔は「平均的な顔からのズレ」を線形に表現するものであり、照明変化や表情変化といった非線形な変動には脆弱だった。

Isomap と LLE:曲がった空間への最初の一歩

2000年、Science に載った二つの革命

PCAの線形性という限界は、スイスロールのような非線形多様体データで特に顕在化する。この問題に対する画期的な解答が、2000年のScience誌に相次いで発表された。Isomap(Tenenbaum et al., 2000)とLLE(Locally Linear Embedding)(Roweis & Saul, 2000)である。

両者は異なるアプローチを取りながらも、共通の洞察を持っていた:データは高次元空間に埋め込まれた低次元の曲がった多様体上に分布しているという仮説である。

Isomap は、古典的な多次元尺度構成法(MDS)を拡張し、測地距離(多様体上の最短経路)を保存する。スイスロールの例では、表面を辿った距離を推定し、それを保つように2次元に展開する。

LLE は、局所的な線形関係(各点が近傍点の線形結合として表現される重み)を保存する。局所的な平坦性を利用して、大域的な非線形構造を捉える。

観点IsomapLLE
保存する量測地距離(大域的)局所線形関係(重み)
計算の流れ距離→MDS重み→固有値問題
計算量(概略)O(n2)O(n3)O(kn2)

※計算量は代表的な実装を想定した概略。疎性や最短路アルゴリズム、固有値ソルバの選択で変わる。

何が革命的だったか:

IsomapとLLEは、多様体学習という新しいパラダイムを確立した。それ以前の手法(PCA、SVM)が暗黙に仮定していた「ユークリッド空間」という平らな舞台を離れ、データ自体が空間の形を教えてくれるという発想を持ち込んだ。

この「低次元潜在多様体」という見方は、後の 表現学習(潜在変数モデル) の文脈で再解釈され、第9回で扱うVAEなどへと繋がっていく。

限界: パラメータ選択( k の選び方)、計算コスト、標準形では新点の埋め込み(out-of-sample)が直接求まらない、という課題があった。これらは後の手法(Laplacian Eigenmaps、t-SNE、パラメトリック埋め込み)で部分的に解決されていく。

詳細:Isomapのアルゴリズムと測地距離

MDSの基本:

多次元尺度構成法(MDS)は、与えられた点間の距離行列から、その距離関係を保つような低次元配置を求める手法である。古典的なMDSはユークリッド距離を保存するため、曲がった多様体には適さない。

Isomapの手順:

  1. 近傍グラフの構築:各点について、 k 最近傍点をユークリッド距離で見つけ、エッジを張る
  2. 測地距離の近似:グラフ上の最短経路長(ダイクストラ法など)を、多様体上の測地距離の近似とする
  3. MDSの適用:近似した測地距離行列に対してMDSを適用し、低次元埋め込みを得る

幾何学的直感:

球面上の2点間の測地距離は、大円に沿った距離であり、球を貫通する直線距離ではない。Isomapは、スイスロールのような巻かれた構造でも、「表面を辿った距離」を推定し、それを保つように展開する。

NOTE

k の選択: Isomapの成功は、近傍グラフが多様体の構造を十分に捉えられるかに依存する。 k が小さすぎるとグラフが疎になり、大きすぎると「ショートカット」(空間的に近いが多様体上では遠い点同士)を繋いでしまう。

詳細:LLEのアルゴリズムと局所線形性

LLEの仮定:

  • 多様体は局所的には平らである(局所的ユークリッド性)
  • 各点は、その近傍点の線形結合として近似できる

LLEの手順:

  1. 近傍の特定:各点 xi について、 k 最近傍点を見つける

  2. 局所的な重みの計算:各点を近傍点の線形結合で表現する重み wij を求める: $$\min _{{w _{ij}}} \sum _i \left| \mathbf{x} _i - \sum _j w _{ij} \mathbf{x} _j \right|^2 \quad \text{s.t.} \quad \sum _j w _{ij} = 1$$

  3. 低次元埋め込みの計算:高次元での重み wij を保つような低次元座標 yi を求める:

    min{yi}iyijwijyj2

幾何学的直感:

LLEは「各点が近傍点からどう構成されているか」という局所的な関係を保存する。スイスロールでは、各点は周辺の点の線形結合として表現でき、この関係を保ったまま2次元に展開すると、ロールがほどける。

Isomap と LLE によるスイスロールの展開

コード例: 01_manifold_learning_swiss_roll.py
python
import matplotlib.pyplot as plt
from sklearn.datasets import make_swiss_roll
from sklearn.decomposition import PCA
from sklearn.manifold import Isomap, LocallyLinearEmbedding

# スイスロールデータ生成
n_samples = 1500
X, color = make_swiss_roll(n_samples, noise=0.1, random_state=42)

# 各手法で次元削減
pca = PCA(n_components=2)
isomap = Isomap(n_components=2, n_neighbors=10)
lle = LocallyLinearEmbedding(n_components=2, n_neighbors=10, random_state=42)

X_pca = pca.fit_transform(X)
X_isomap = isomap.fit_transform(X)
X_lle = lle.fit_transform(X)

# 可視化
fig = plt.figure(figsize=(16, 5))

# 元の3Dデータ
ax1 = fig.add_subplot(1, 4, 1, projection="3d")
ax1.scatter(X[:, 0], X[:, 1], X[:, 2], c=color, cmap="viridis", s=10)
ax1.set_title("Original Swiss Roll (3D)")
ax1.view_init(10, -70)

# PCA
ax2 = fig.add_subplot(1, 4, 2)
ax2.scatter(X_pca[:, 0], X_pca[:, 1], c=color, cmap="viridis", s=10)
ax2.set_title("PCA (線形射影)\n→ 構造が潰れる")
ax2.set_xlabel("PC1")
ax2.set_ylabel("PC2")

# Isomap
ax3 = fig.add_subplot(1, 4, 3)
ax3.scatter(X_isomap[:, 0], X_isomap[:, 1], c=color, cmap="viridis", s=10)
ax3.set_title("Isomap (測地距離保存)\n→ ロールがほどける")
ax3.set_xlabel("Component 1")
ax3.set_ylabel("Component 2")

# LLE
ax4 = fig.add_subplot(1, 4, 4)
ax4.scatter(X_lle[:, 0], X_lle[:, 1], c=color, cmap="viridis", s=10)
ax4.set_title("LLE (局所構造保存)\n→ 局所関係を維持")
ax4.set_xlabel("Component 1")
ax4.set_ylabel("Component 2")

plt.tight_layout()
plt.show()

SVM vs ロジスティック回帰:幾何か統計か

二つの哲学

1990年代後半から2000年代前半、サポートベクターマシン(SVM) は機械学習の主役の一角を占めていた。同時期に、統計学の世界ではロジスティック回帰が分類問題の標準ツールとして使われていた(他にも決定木系やベイズ系の手法が分野によっては主流だった)。

両者は同じ問題(二値分類)を解くが、その哲学は対照的である。

観点SVMロジスティック回帰
目的境界からの距離(マージン)を最大化尤度(確率)を最大化
出力決定関数の符号(±1)クラス確率 p(y=1x)
幾何学的解釈超平面による空間の分割確率分布のパラメータ推定
損失関数ヒンジ損失 max(0,1yf(x))交差エントロピー損失

SVMの幾何学:マージン最大化

SVMの核心的アイデアは、マージン最大化である。

二つのクラスを分離する超平面は無数に存在する。SVMは、その中で「最も安全な」超平面を選ぶ。「安全」とは、どちらのクラスの点からも最も遠い、という意味である。

数学的に定式化しよう。超平面を wx+b=0 とする。点 xi から超平面までの距離は:

|wxi+b|w

マージン(両クラスの最近傍点から超平面までの距離の和)を最大化する問題は、以下の最適化問題に帰着する:

minw,b12w2s.t.yi(wxi+b)1i

この制約条件のもとで、幾何学的マージン(超平面から最近傍点であるサポートベクターまでの距離)は 1w となり、両側を合わせた幅は 2w である。したがって、 w2 を最小化することは、マージンを最大化することに対応する。

「サポートベクター」の幾何学的意味

最適解において、制約条件が等号で成り立つ点( yi(wxi+b)=1 )をサポートベクターと呼ぶ。これらは超平面に最も近い点であり、境界を「支えている」。

幾何学的に言えば、サポートベクターは「境界の形を決める最小限の点集合」である。他の点を除去しても、サポートベクターが残っていれば、同じ超平面が得られる。

NOTE

アイデア上の類似: サポートベクターの数が少ないほど、モデルは「疎」である。この「一部のデータ点だけが決定に寄与する」という性質は、後のMoEの「一部のExpertだけ活性化する」というアイデアと構造的に類似している。ただし、これは歴史的な因果関係ではなく、独立に発展した概念の事後的な類比である。

カーネルトリック:暗黙の高次元空間

線形分離不可能なデータに対処するため、SVMはカーネルトリックを用いる。

アイデアは、データを高次元空間(特徴空間)に写像し、その空間で線形分離を行うことだ。例えば、2次元で円形に分布するデータは、3次元に持ち上げれば平面で分離できる。

カーネル関数 k(x,x)=ϕ(x)ϕ(x) を使えば、高次元空間での内積を、元の空間での計算だけで求められる。これにより、無限次元の特徴空間すら扱える(例:RBFカーネル)。

カーネルトリックの幾何学的意味:

カーネルは、元の空間に「歪んだ距離感」を導入する、と比喩的に言うことができる。RBFカーネル k(x,x)=exp(γxx2) は、近い点同士の類似度を高く、遠い点同士の類似度を低く評価する。

CAUTION

比喩と厳密な対応の区別: 「カーネルが歪んだ距離感を与える」という表現は直感的な比喩である。厳密には、カーネルが定めるのは再生核ヒルベルト空間(RKHS)上の内積であり、これは特徴空間 ϕ(x) 上のユークリッド内積に対応する。重要な点として、カーネルは入力空間上の距離を直接置き換えるのではなく、特徴空間での内積(したがって距離)を定める。第0回で述べた「リーマン計量」は入力空間上に直接計量を入れる概念であり、カーネルとは異なる。ただし、「空間の幾何構造を変える」という発想は共通している。

ロジスティック回帰:確率の世界

ロジスティック回帰は、決定境界ではなく確率分布を直接モデル化する。

p(y=1x)=σ(wx+b)=11+exp((wx+b))

ここで σ はシグモイド関数。出力は0から1の間の値を取り、クラス1に属する確率として解釈できる。

幾何学的には、ロジスティック回帰も超平面 wx+b=0 を決定境界とする。しかし、SVMが「境界からの距離」を重視するのに対し、ロジスティック回帰は「確率的な柔らかさ」を重視する。

当時は「水と油」に見えた

1990年代から2000年代前半、SVMとロジスティック回帰は異なるコミュニティで発展した。SVMは機械学習・パターン認識の文脈で、ロジスティック回帰は統計学・計量経済学の文脈で使われることが多かった。

しかし、両者の関係は後に明らかになる。

損失関数の観点から見た統一:

手法損失関数特徴
SVMmax(0,1yf(x)) (ヒンジ損失)境界から離れた点は損失ゼロ
ロジスティック回帰log(1+exp(yf(x))) (ロジスティック損失)すべての点が損失に寄与

両者は、 yf(x) (マージン)を引数とする損失関数として統一的に理解できる。この視点は、後の深層学習における損失関数設計の基礎となった。

IMPORTANT

第5回への伏線: 角度マージン損失(ArcFace等)は、この「マージン」の概念を角度空間に拡張したものである。SVMの幾何学的発想は、形を変えて現代の深層学習に受け継がれている。

Bag-of-Words:単語の袋という割り切り

言語を数にする

テキストデータを数値化する最も単純な方法が、Bag-of-Words(単語の袋) である。文書を単語の出現頻度ベクトルとして表現し、単語の順序は無視する。

例えば、「猫が犬を追いかける」と「犬が猫を追いかける」は、Bag-of-Wordsでは同じ表現になる。意味が異なるのに、区別がつかない。

この「順序の無視」は割り切りである。しかし、1990年代から2000年代前半においては、この割り切りが実用上は十分に機能していた。情報検索、文書分類、トピック抽出——これらの課題において、Bag-of-Wordsは「使える」表現だった。

頻度の重み付け:TF-IDF と PMI

Bag-of-Wordsは単純だが、素朴すぎる。そのままでは「the」「a」といった頻出語が支配的になり、文書の特徴が見えにくい。この問題に対する二つの古典的な解決策があった。

TF-IDF:珍しい単語ほど重要

TF-IDF(Term Frequency - Inverse Document Frequency)(Sparck Jones, 1972)は、「珍しい単語ほど重要」という直感を数式化する:

TF-IDF(t,d)=TF(t,d)×logNDF(t)

ここで、TF(t,d) は文書 d における単語 t の出現頻度、DF(t) は単語 t を含む文書数、 N は全文書数。IDF(逆文書頻度)は、「多くの文書に出現する単語は情報量が低い」という情報検索の経験則を反映する。

幾何学的解釈: TF-IDFは、単語頻度ベクトルの各次元(軸)をスケーリングしている。頻出語の軸を縮め、希少語の軸を伸ばすことで、ベクトルの方向を変える。これは人間が手動で空間を設計していた時代の工夫である。

PMI:単語間の関係性を捉える

単語を孤立した離散記号として扱うのではなく、単語間の関係性を捉えようとする試みもあった。

「意味が近い単語は、同じ文脈に出現しやすい」という分布仮説(Harris, 1954)に基づき、PMI(Pointwise Mutual Information; 点互情報量) が提案された(Church & Hanks, 1990):

PMI(w1,w2)=logP(w1,w2)P(w1)P(w2)

P(w1,w2) は同じ文脈で共起する確率、 P(w1),P(w2) は各単語の出現確率。独立なら PMI = 0、正の相関があれば PMI > 0 となる。

幾何学的解釈: PMIは、単語間の共起行列を作り、その値を「独立性からのズレ」で重み付けする。これは、単語同士の「関係の強さ」を表にまとめる作業である。

高次元の疎な空間という限界

TF-IDFもPMIも、結局は高次元の疎な表現に留まっていた。「王」と「女王」の意味的な近さといった、より深い構造は捉えられない。

この限界を克服するため、二つの方向性が登場する:

  • トピックモデル(pLSA, LDA):次元を削減し、潜在的な「話題」を抽出
  • 単語埋め込み(Word2Vec, GloVe):低次元の連続ベクトル空間に圧縮

NOTE

次回への伏線: コサイン類似度はベクトルのノルム(長さ)を無視して方向だけを見る。TF-IDFは各次元の重み付けで方向を変えるため、コサインと組み合わせても有効なことが多い。しかし、文書長・語彙量・強い特徴語の多さのような「量的情報」をノルムに載せる設計とは相性が悪い。ノルムと方向、どちらに何の情報を載せるべきか——この混線が、第2回「ノルムの呪い」のテーマである。

pLSA/LDA:離散的な星空

トピックモデルの発想

Bag-of-Wordsの「疎で高次元」という限界に対し、トピックモデルは次元削減という解答を提示した。代表的なものは、pLSA(Hofmann, 1999)とLDA(Blei et al., 2003)である。

核心的なアイデアは、文書を潜在的な「話題(トピック)」の混合として表現することである。数万次元の単語頻度ベクトルを、数十次元のトピック混合に圧縮する。

LDAの生成モデル

LDAは、文書がどのように生成されるかを確率モデルとして記述する:

  1. 各文書について、トピック分布 θ をDirichlet分布から生成
  2. 各単語について:
    • トピック zθ からサンプリング
    • 単語 w をトピック z の単語分布からサンプリング

このモデルにより、「この文書は60%が政治、30%がスポーツ、10%が経済」といったトピック混合を推定できる。

「離散的な星空」という比喩

LDAが描く世界を、星空に喩えてみよう:

  • トピックは星座に対応する。「政治」「スポーツ」「経済」といった抽象的な概念
  • 単語は星に対応する。各星座(トピック)に属する星(単語)の集まり
  • 文書は、複数の星座を含む夜空の一部

この比喩で見えてくるのは、LDAの世界が離散的だということだ。トピックは有限個であり、単語も有限個。連続的な意味空間ではなく、離散的なカテゴリの組み合わせとして文書を捉える。

先進性と限界

先進的だった点: LDAは「意味の次元削減」という発想を持っていた。この「圧縮しつつ意味を保つ」という発想は、後のオートエンコーダや表現学習に受け継がれている。

限界1:順序(文脈)の欠如

「犬が猫を追う」と「猫が犬を追う」の区別がつかない。言語の本質的な側面——順序——を捨てている。

第8回で扱う「時間の発見」は、この限界を克服するための旅の始まりである。RNNやTransformerは、順序情報を明示的に扱うことで、Bag-of-Wordsの限界を突破した。

限界2:連続空間の欠如

トピックモデルは、依然として離散的なカテゴリの世界に留まっていた。「王」と「女王」の距離、「パリ」と「フランス」の関係といった、連続的な意味空間の概念はなかった。

この限界を打破したのが、Word2Vec(Mikolov et al., 2013)やGloVe(Pennington et al., 2014)である。これらは、共起統計を低次元の連続ベクトル空間に圧縮することで、意味的な関係性を幾何的に表現可能にした。

特にGloVeやSGNS(Skip-gram Negative Sampling)は、共起統計(PMI系)と深い関係があることが知られており、「因子分解として解釈できる」という研究もある(Levy & Goldberg, 2014)。

NOTE

TF-IDFからPMI、そして埋め込みへ: TF-IDFは「単語の重要度」を軸のスケーリングで表現し、PMIは「単語間の関係性」を共起行列で表現した。しかし両者とも、結局は高次元の疎な表現に留まっていた。この「疎で高次元」という共通の限界が、低次元の連続埋め込み(Word2Vec, GloVe)への移行を促した。第2回以降で見るように、この「連続空間での幾何設計」というパラダイムシフトは、深層学習の核心的な発想の一つである。

「平らな世界」の限界:まとめ

三つの暗黙の仮定

本回で見てきた古典的手法は、以下の暗黙の仮定を共有している:

仮定内容見落とされた構造
線形性データの構造は線形部分空間で捉えられる非線形多様体
等方性全方向が等しく重要方向依存の構造(角度の意味)
順序の無視要素の順序は意味を持たない時間・文脈・因果

ユークリッド空間の「呪縛」

これらの仮定は、ユークリッド空間という「平らな舞台」を前提としている。

ユークリッド空間では:

  • 距離は二乗和の平方根(ピタゴラス)
  • 全方向が対称(等方性)
  • 曲率はゼロ(平坦)

この舞台は計算に便利だが、現実のデータが持つ構造を捉えきれない場合がある。

「見落とし」の具体例

1. 正規化の欠如

古典的手法では、ベクトルのノルム(長さ)と方向が混同されていた。「大きさ」が重要なのか「向き」が重要なのかが、明示的に区別されていなかった。

第2回では、この「ノルムの呪い」を詳しく分析する。

2. 角度の軽視

SVMのマージンはユークリッド距離で測られるが、特定の条件下では角度(コサイン類似度) の方が安定した類似度尺度になることがある。

NOTE

コサイン類似度が有効な条件: テキストや埋め込み空間では、ベクトルのノルムが「頻度」「確信度」「重要度」といった意味を持つことがあり、純粋な類似度とは別の情報が混入しやすい。このような場合、正規化してコサイン類似度を使うと、意味的な類似度がより安定して測れることが多い。ただし、これは経験則であり、距離の集中現象はL2距離にもコサイン類似度にも起こりうる(第13回参照)。「高次元では常に角度が良い」わけではなく、データの分布・正規化の有無・タスクに依存する。

第3回では、角度を中心に据えた「プラネタリウム」の設計を導入する。

3. 確率分布の幾何の無視

ロジスティック回帰やLDAは確率分布を扱うが、「確率分布の空間」が持つ幾何構造(情報幾何学)は考慮されていなかった。

第4回では、Softmaxを情報幾何学の観点から再解釈する。

歴史的意義:批判ではなく考古学

本回で振り返った手法は、当時の計算資源と理論的枠組みの中で、最善の選択だった。

PCAは、計算が軽く、解釈が容易で、多くの問題で「十分に良い」結果を出した。SVMは、理論的保証(マージン理論)と実用的性能を兼ね備え、2000年代前半の機械学習において重要な役割を果たした。LDAは、大規模テキストコーパスから「意味」を抽出する道を開いた。

これらの手法を「古い」と切り捨てるのは、不公平である。むしろ、何が暗黙の前提だったかを理解することで、現代の手法がなぜそのように設計されているかが見えてくる。

IMPORTANT

古い手法を学ぶ意義は、「使えるか使えないか」ではなく、「何を仮定していたか」を理解することにある。仮定を意識することで、その仮定が成り立たない状況を認識でき、新しい設計の必要性が見えてくる。

次回予告

第2回「ノルムの呪い」では、ユークリッド空間の「平らさ」がもたらす具体的な問題を分析する。特に、ノルム(ベクトルの長さ)が担っていた複数の意味——「大きさ」と「確信度」と「重要度」——が混線していた背景を整理する。

高次元空間での「距離の集中」現象にも触れ、なぜ角度ベースの設計が必要になるのかを準備する。

実装ノート:古典手法の幾何学的可視化

NOTE

以下のコードは scikit-learn >= 1.0, matplotlib >= 3.5 を前提とする。

PCAによる次元削減と情報損失の可視化

NOTE

scikit-learnと中心化: 本文の数式では「中心化済みデータ行列 X 」を前提としているが、sklearn.decomposition.PCA は内部で自動的に中心化(平均を引く処理)を行う。したがって、以下のコードでは手動で中心化する必要はない。

コード例: 01_pca_digits_projection.py
python
import matplotlib.pyplot as plt
import numpy as np
from sklearn.datasets import load_digits
from sklearn.decomposition import PCA

# 手書き数字データ(64次元)
digits = load_digits()
X, y = digits.data, digits.target

# PCAで2次元に削減
pca = PCA(n_components=2)
X_pca = pca.fit_transform(X)

# 累積寄与率
cumsum = np.cumsum(pca.explained_variance_ratio_)
print(f"2成分での累積寄与率: {cumsum[1]:.2%}")
# → 約28%程度。72%の分散が「失われている」

# 可視化
plt.figure(figsize=(10, 4))

plt.subplot(1, 2, 1)
scatter = plt.scatter(X_pca[:, 0], X_pca[:, 1], c=y, cmap="tab10", alpha=0.5, s=10)
plt.colorbar(scatter, label="Digit")
plt.xlabel("PC1")
plt.ylabel("PC2")
plt.title("PCA: 64D → 2D(約28%の分散を保持)")

plt.subplot(1, 2, 2)
pca_full = PCA().fit(X)
plt.plot(np.cumsum(pca_full.explained_variance_ratio_))
plt.xlabel("Number of Components")
plt.ylabel("Cumulative Explained Variance")
plt.title("累積寄与率")
plt.axhline(y=0.9, color="r", linestyle="--", label="90%")
plt.legend()

plt.tight_layout()
plt.show()

SVMの決定境界とマージンの可視化

コード例: 01_svm_margin_visualization.py
python
import matplotlib.pyplot as plt
import numpy as np
from sklearn.datasets import make_blobs
from sklearn.svm import SVC

# 2クラスのデータ生成
X, y = make_blobs(n_samples=100, centers=2, random_state=42, cluster_std=1.5)

# 線形SVM
svm = SVC(kernel="linear", C=1.0)
svm.fit(X, y)

# 決定境界の可視化
plt.figure(figsize=(8, 6))

# データ点
plt.scatter(X[:, 0], X[:, 1], c=y, cmap="coolwarm", edgecolors="k", s=50)

# サポートベクターを強調
plt.scatter(
    svm.support_vectors_[:, 0],
    svm.support_vectors_[:, 1],
    s=200,
    facecolors="none",
    edgecolors="green",
    linewidths=2,
    label=f"Support Vectors (n={len(svm.support_vectors_)})",
)

# 決定境界とマージン
ax = plt.gca()
xlim = ax.get_xlim()
ylim = ax.get_ylim()

xx = np.linspace(xlim[0], xlim[1], 100)
yy = np.linspace(ylim[0], ylim[1], 100)
XX, YY = np.meshgrid(xx, yy)
xy = np.vstack([XX.ravel(), YY.ravel()]).T
Z = svm.decision_function(xy).reshape(XX.shape)

# 決定境界(実線)とマージン(破線)
ax.contour(
    XX,
    YY,
    Z,
    colors="k",
    levels=[-1, 0, 1],
    linestyles=["--", "-", "--"],
    linewidths=[1, 2, 1],
)

plt.xlabel("Feature 1")
plt.ylabel("Feature 2")
plt.title("SVM: マージン最大化の幾何学")
plt.legend()
plt.show()

Bag-of-Words の限界:順序の喪失

コード例: 01_bow_order_loss.py
python
from collections import Counter


def bag_of_words(sentence):
    """文を単語の袋(頻度辞書)に変換"""
    words = sentence.lower().split()
    return Counter(words)


# 意味が異なるが、Bag-of-Wordsでは同一
sentence1 = "the cat chased the dog"
sentence2 = "the dog chased the cat"

bow1 = bag_of_words(sentence1)
bow2 = bag_of_words(sentence2)

print(f"文1: '{sentence1}'")
print(f"  → BoW: {dict(bow1)}")
print(f"文2: '{sentence2}'")
print(f"  → BoW: {dict(bow2)}")
print(f"BoWは同一か: {bow1 == bow2}")  # True

# 出力:
# 文1: 'the cat chased the dog'
#   → BoW: {'the': 2, 'cat': 1, 'chased': 1, 'dog': 1}
# 文2: 'the dog chased the cat'
#   → BoW: {'the': 2, 'dog': 1, 'chased': 1, 'cat': 1}
# BoWは同一か: True

参考文献

主成分分析(PCA)

  • Pearson, K. (1901). On Lines and Planes of Closest Fit to Systems of Points in Space. Philosophical Magazine, 2(11), 559–572.
    • PCAの原論文。最小二乗法の観点から導入。
  • Hotelling, H. (1933). Analysis of a Complex of Statistical Variables into Principal Components. Journal of Educational Psychology, 24(6), 417–441.
    • 統計学の文脈でのPCAの再定式化。
  • Turk, M., & Pentland, A. (1991). Eigenfaces for Recognition. Journal of Cognitive Neuroscience, 3(1), 71–86.
    • 固有顔による顔認識。PCAの画像処理への応用例。

非線形次元削減(多様体学習)

  • Tenenbaum, J. B., de Silva, V., & Langford, J. C. (2000). A Global Geometric Framework for Nonlinear Dimensionality Reduction. Science, 290(5500), 2319–2323. DOI: 10.1126/science.290.5500.2319
    • Isomapの原論文。測地距離を保存する非線形次元削減。
  • Roweis, S. T., & Saul, L. K. (2000). Nonlinear Dimensionality Reduction by Locally Linear Embedding. Science, 290(5500), 2323–2326. DOI: 10.1126/science.290.5500.2323
    • LLEの原論文。局所線形構造を保存する次元削減。
  • Belkin, M., & Niyogi, P. (2003). Laplacian Eigenmaps for Dimensionality Reduction and Data Representation. Neural Computation, 15(6), 1373–1396.
    • グラフラプラシアンを用いた次元削減。IsomapとLLEの発展。
  • Schölkopf, B., Smola, A., & Müller, K.-R. (1998). Nonlinear Component Analysis as a Kernel Eigenvalue Problem. Neural Computation, 10(5), 1299–1319.
    • カーネルPCAの導入。非線形次元削減への別のアプローチ。

サポートベクターマシン(SVM)

  • Cortes, C., & Vapnik, V. (1995). Support-Vector Networks. Machine Learning, 20(3), 273–297. DOI: 10.1007/BF00994018
    • SVMの原論文。

トピックモデル

  • Hofmann, T. (1999). Probabilistic Latent Semantic Analysis. UAI '99.
    • pLSAの原論文。
  • Blei, D. M., Ng, A. Y., & Jordan, M. I. (2003). Latent Dirichlet Allocation. JMLR, 3, 993–1022.
    • LDAの原論文。トピックモデルの標準的手法。

単語重み付けと共起統計

  • Sparck Jones, K. (1972). A Statistical Interpretation of Term Specificity and its Application in Retrieval. Journal of Documentation, 28(1), 11–21.
    • TF-IDFの原論文。情報検索における単語重み付けの基礎。
  • Church, K. W., & Hanks, P. (1990). Word Association Norms, Mutual Information, and Lexicography. Computational Linguistics, 16(1), 22–29.
    • PMI(点互情報量)を用いた単語関連度の計算。
  • Harris, Z. S. (1954). Distributional Structure. Word, 10(2-3), 146–162.
    • 分布仮説の原典。「意味が近い単語は似た文脈に出現する」という洞察。

単語埋め込み(後続手法への橋渡し)

  • Mikolov, T., Sutskever, I., Chen, K., Corrado, G. S., & Dean, J. (2013). Distributed Representations of Words and Phrases and their Compositionality. NeurIPS 2013.
    • Word2Vecの論文。Bag-of-Wordsからの脱却。
  • Pennington, J., Socher, R., & Manning, C. D. (2014). GloVe: Global Vectors for Word Representation. EMNLP 2014.
    • GloVe。共起統計に基づく単語埋め込み。
  • Levy, O., & Goldberg, Y. (2014). Neural Word Embedding as Implicit Matrix Factorization. NeurIPS 2014.
    • Skip-gram Negative Sampling(SGNS)がPMI行列の因子分解として解釈できることを明らかにした。